阪神淡路大震災

あの大地震から11年!
私が住んでるところは、大きな被害に遭ってはいませんが、
それでも、壁が割れたり家が歪んで戸がキッチリ閉まらなくなったりという
被害はありました。
けど何よりもあの地震で怖かったのは、私は前日、西宮という甚大な被害を受けた
場所にいたということ、私が十数時間前までいたビルが潰れてしまった事です。

あの日私は、妹夫婦の引越の手伝いをしに西宮を訪れました。
そう、震災の前日16日に妹達は千葉から西宮に引っ越して来たんです。
そして買い物をするために、近くのスーパーマーケットへ車で出掛けました。
そこは、1階と2階がスーパーマーケットで3階より上がマンションだったと
記憶してます。その2階部分が翌日には潰れて無くなってしまうとは…!

幸い、妹夫婦のところは、窓枠が落ちたり、前日出した食器が壊れたりという被害は
ありましたが、社宅として借りてた建物も倒壊する事もなく無事で、怪我もなく
生命に関わる様な事はなかったのですが、まわりでは倒壊したところも多く、
生き埋めになった人を助けに行ったりしたそうです。

一週間後ぐらいに、阪急電車が西宮北口まで動くようになってから、再度その地を
訪れた時の光景を、いまでも忘れられません。
震災の後すぐ、妹達は京都にある旦那(夫)の実家に身を寄せてましたが、
荷物を取りに行きたいというので、私も同行しました。妹達が被害にあったところは
夙川というところで、西宮北口から一駅歩いたのですが、歩道の上にはブロック塀が
倒れ傾いた家や、ガスの匂いがしている家など、それはもう惨いとしか言いようのない
光景でした。
私はその後、何度もその地へ足を運びました。そのうち1回だけカメラを持って
行った事があります。しかし、シャッターを押すどころかカメラを出す事も
出来ませんでした。被害にあった方々の事を考えると、さすがに写真を撮るなんて
ことはできなかったんです。

毎年1月17日が来ると、このことを思い出します。
私には文才がないので、言いたい事が上手く伝わるような表現が出来てないのが
残念ですが、少しでも地震のこと、対岸の火事ではない自分自身の事として考えて
貰いたいです。

最後になりましたが、あらためまして、この阪神淡路大震災や新潟の中越地震などで
亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。
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by MacPaPa-blog | 2006-01-17 05:47 | 私の呟き